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Đi Việt Nam(12)

2月27日(金) 朝6時にホテルを出発する。ベトナムの朝は早いから、どうしても目が覚めてしまう。今日は日本にいるベトナム人の友人の故郷に行こうと決めていた。買った地図を見る限り、その場所はかなり遠いらしい。ただ、バスでなんて到底行けないと思ったし、タクシーでは高すぎるので、節約と写真撮るのを兼ねて歩いていくことに。

順調に歩を進め、7時半頃、適当な店に入り朝食をとる。注文して椅子に座っていると僕の名前を呼ぶ声がした。道路の方を見るとNのお母さんがモトバイにまたがってそこにいた。
「おー、お母さん!」と地図を持って走っていき、「今日はここに行くんだよ!」と身振り手振りで伝えると、「あきまへん」「我が家に来なさい」というようなことを言われる。しばらくすると自転車に乗ってNがやってきた。まさかのタイニンでの再会…。

Nと店に戻り、一緒に飯を食べながら筆談。
「歩いてなんかいけないよ。50kmもあるんだから。日が暮れちゃうよ。」
「一緒に友達の家を探してくれるバイクタクシーを探してあげるから」とのこと。

彼女の家に行って、のんびりハンモックに揺られていると、バイタクのおっちゃんが来た。そこから家族総出(6人、それとバイタク)で激しく議論が交わされた。(昨日もこういう光景を見たけど、ベトナム人の性格によるものなのか、とにかく人のことでも真剣に考えてくれて、熱く議論を交わしてくれる。何言ってんだか分からないけど嬉しいものだ。)議論の内容は、
(1)どこまで探せるか(どうやら友人が書いた住所は不正確らしい)
(2)いくらでいくか
ということのようだ。僕としては、家に到達できなくても、その近辺の写真が撮れれば良いと思っていて、友人の家族にもし会えたらラッキーで、ちょっと挨拶したら帰るつもりだったので、その旨Nから伝えてもらう。往復の運賃と捜索手伝いで18万ドン(約10ドル)でやってくれるということで話がついて、改めて友人の家に向けて出発。再びの別れ。
「See you again in HCM city」とNは言い、家族はやれやれよかったよかったという感じで手を振ってくれた。

「シーユーアゲイン。」
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Đi Việt Nam(11)


Đi Việt Nam(10)

Nが行ってしまってとても寂しかった。ホーチミンで痛い目に会い、人への不信感でいっぱいだったのが、タイニンでは無償のおもてなしを受けて、人の温かみを目一杯感じた。そして今またホテルで一人。
お礼だけはきちんと言いたいと思い、しばらくして電話をした。伝わったのかどうかは分からないけど気持ちは少し落ち着いた。それから2時間位経っただろうか、ノックの音が聞こえた。扉を開けると従兄弟のMが立っていた。
電話で伝えきれなかったことを手紙でと思い立って、大急ぎでMに手紙を託した。彼は何か英語で伝えようとしていたけど、さっぱり分からない。まぁいいやと思い、彼を送りにホテルを出ると、Nがモトバイの後部座席に腰をかけていた。Mが言おうとしていたのはこのことだったのかもしれない。
Mは手紙を渡し、彼女は楽しそうにそれを読んだ。「ペンを」と言われたけど、僕は持っていなかった。彼女は落ちていた木の枝で、土の道路に字を書いた。バイクが通りすぎる道路の脇でそのライトを浴びながら、僕たちは筆談をした。そして、彼女の大学があるホーチミンで再開する約束をした。

Mの後ろに乗って、Nは帰って行った。一度だけ、こちらを振り返って手を振った。



Đi Việt Nam(9)

2月26日(木) 朝起きて、バインミーをもらう。今日はNの父親の何回忌かということで親戚や近所の人を呼んで何かをするらしい。Nは買い出しに行ったり料理を作ったりと忙しくしていた。僕も椅子を拭いたり、テーブルをセットしたりして少し手伝う。そうしているうちに20人くらいの人が集まり、特に何の挨拶もなく食事が始まった。僕は男達の席で、酒をぐいぐい飲まされた。来客が次第に帰り始めるなか、Nは見かねたのか救出してくれた。
その後、Nに日本語を教えているうちに時間は過ぎ、モトバイで彼女が教えてくれたホテル(kháck sạn quyên)へ行くことに。カオダイ教寺院のすぐそばのホテルだった。部屋が決まると、十分にお礼も伝えられないままに彼女は行ってしまった。


Đi Việt Nam(8)

子供たちと走り回ったり、バドミントンをしたり、本を使って話したりしているうちに気付いたら夕方近くになっていた。友人の家を探しにいくことは明日以降にする。時間はたっぷりとあるんだ。
彼女が「家に泊まればいいよ」と言ってくれたので、1泊だけお言葉に甘えて泊まらせてもらうことにした。
夜になる前に、家のそばのカオダイ教寺院(Tòa Thánh Cao Đài)にモトバイで連れて行ってもらい、夕飯(バインセオ)を食べた後はにんにくの皮むきなどを一緒にやった。夜は彼女の従兄弟のM(15歳)と同じベッドで寝た。


Đi Việt Nam(7)

おばあさん(右)は、いつも軒先の椅子に座っていて、そこで微笑んでいるのが印象深かった。その微笑みは、優しく、深かった。
そして僕がベトナム語を分からなくても、構わず、それでいてゆっくりと何かを語りかけてくれた。



Đi Việt Nam(6)

2月25日(水) 彼女の家では本当に温かく迎えてもらった。
英語が分かるのはNだけだったけど、特にNの幼いいとこ達との間に言葉は必要なかった。


Đi Việt Nam(5)

2月25日(水) ベンタイン・バスターミナルから65番バスでアンスーン・バスターミナルまで行く。そこで、タイニン行きのチケットを何とか購入し、待合所のようなところで待っていたら、「このバスに乗れ」というようなことを言われ、一台のバスに乗車させられた。
そこには運転手の他に2人の若い女の子がいるだけだった。このバスが本当にタイニン行きなのか確認するため、あらかじめ用意していた「Xe này có đi Tây Ninh không?(このバスはタイニン行きですか?)」という紙を彼女たちに見せると、「Yes」と答えてくれた。
安心して座席に着くと、「どこから来たんですか?」と聞かれたので「日本からです」と答えた。2人は女子高生か女子大生に見えた。
しばらくするとバスは発車し、次第に乗客も増えて満席になった。窓の外を眺めていると、彼女たちからノートを渡された。そこには「何かお力になれますか?」とあった。僕は、「ありがとう。タイニンのバス停が近づいたら教えてください。」と書いて、ノートを返した。その後も、「なぜタイニンに行くの?」など、車内での筆談が続いた。そして、どういう流れのなかでそうなったのかは思い出せないけど、英語を書いていた方の女の子の家に遊びに行かせてもらうことになった。

淡いピンクの帽子を被った彼女の名前はN、19歳の大学1年生だった。


Đi Việt Nam(4)

タイニン(Tây Ninh)。ホーチミンの北西約100km。一般的な旅行者は、あまり行かないと思う。例えば『地球の歩き方』にはタイニンについて1ページだけ紹介している。「見どころ」とされているのはカオダイ教寺院(Tòa Thánh Cao Đài)とバーデン山(Núi Bà Đen)の2カ所だけで、普通は載っているはずのホテルやレストランの情報は全く無い。

そんな土地へなぜ行くことにしたのか。近いからバス代が安いということもあったけど、一番の理由は別で。タイニンには、日本で知り合ったベトナム人友達の実家があるからだった。

彼とは、ベトナムに発つ前に知り合って、住所をノートに書いてもらっていた。彼曰く、「僕の家に行くのはとても難しい。行き方は説明できない」とのことだが、説明できないのは彼の日本語がまだ上手くないからだと思っていた。たいていの場所は、住所さえ分かれば辿り着けるはず。それに、他に「絶対にここは行きたい」という場所もなかったので、一番にタイニンに行くことにしたのだった。


Đi Việt Nam(3)

2月24日(火) その出来事の詳細は触れないが、とにかく僕は、所持金の半分近くを失ってしまった。自分の油断もあったけど、これはショックだった。悔しくて悔しくてたまらなかった。泣きたかった。けど泣いたところで、残りほぼまるまる4週間を生きられるわけではないので、とにかくどうやりくりするかを考えなければいけなかった。
手元に残った円、ドル、ドンを足し合わせて、1日平均いくらで生活していかなければならないかを計算した。その金額は、節約すれば何とかやっていけそうな額ではあった。

こうして、初日にしてベトナム人とベトナム(ホーチミン)に対する感情は最悪なものになった。今夜はホーチミンに泊まるけど、これ以上ここにいたくはなかった。とにかく明日一番で別の場所に行くことにする。

タイニン省。僕はそこに行くことにした。


Đi Việt Nam (2)

2月24日(火)。AM2時頃ホーチミンはタンソンニャット空港に到着。朝まで空港にいようと思ったのだけど、変なおっさんに声をかけられる。怪しさ満点ではあったが、ベトナムどんなもんじゃいという好奇心が先にたち、バイクに乗る。ホテルに連れてってくれている気配がないので、「降ろせ」と言い降りると、なぜか逆切れされる。金の問題らしい。あまりにしつこく怒声を上げるので、しぶしぶ払う。数百円だったけど、初日でこれか…と自分の好奇心を悔いる。
そこがどこかも分からないので、とりあえず見つけたコンビニの前で朝が来るのを待った。次々とバイクが目の前を横切って行く。3人乗り、4人乗りは当たり前。クレイジーである。
一日目の散々な幕開け。だけど、本当に散々な目が、この初日にまだ待っているなんて、この時は想像だにしなかった。


Đi Việt Nam (1)

2月23日。成田。雨。

最も安いAir China(北京経由ホーチミン行き)の航空券で、ベトナムに行く。
ベトナム語が何も分からないことに今更焦り、空港で『旅の指差し会話帳』を購入(結果的にこれは大いに役立った)。その他の荷物は、財布、パスポート、着ている服、それと20Lのバックパックに入ったカメラ、ノート、27本のフィルム、タオル、地球の歩き方、文庫本。






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